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仙台高等裁判所 昭和39年(う)324号 判決 1966年3月17日

被告人 駒板昭二

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴趣意は、検察官柏木忠名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人西田公一、斎藤忠昭共同名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

原判決が本件につき認定したところによると

被告人は当時国鉄労働組合仙台地方本部副執行委員長で、昭和三六年九月二一日夜、国鉄小牛田駅における職場要求貫徹斗争の現場責任者として、遵法斗争等を強化すべく、右駅組合事務所においてオルグ活動に従事していたところ、翌九月二二日午前〇時一六分頃停電のため同駅構内及び附近一帯の電燈、照明燈が、構内の信号燈と入換標識を残し、一斉に消えたが、その時同駅では下り一八五列車の入換作業が行なわれていて、停電後も続行された。

被告人は停電後同駅北部転轍所で、居合せた者から、同所前附近の下り線上で照明設備のないまま右の入換作業が行なわれており、停電下の暗闇なのに、中継合図等の措置もとられていないと聞き、危険を感じ、下り運転室から同駅藤本助役に電話し入換作業の中止方を申入れ、その直後右入換作業中の菅原操車係のところに赴き、暗くて危いから作業をやめるよう再三申入れたが、同人に聞き入れられず、北部転轍所に戻つた。そこでまた居合せた阿部転轍手らから作業継続の危険を説明され、既に下り二番線上の一八五列車に貨車の連絡を終え、ついでこれに牽引機関車を連結するため入換機関車を他線に誘導しようとしていた菅原操車係に、危険であるから作業を中止するようにと強く説得した。そしてまた他の組合員も集つてきたので、菅原操車係は入換機関車を降り、下り運転室に行つて赤間助役にこのことを連絡した。

藤本助役は被告人から前記の電話を受けた後、右一八五列車の入換は、既に解放車輛の分解作業を終り、同駅から連結すべき車輛を入換機関車で引上げて行つたとの電話報告を受けたが、続いて赤間助役から、右列車の入換作業中、組合の妨害で操車係がいなくなり機関車の入換ができなくなつた旨の連絡を受け、同駅は遵法斗争下のことでもあり、自分で入換機関車を誘導するほかないと考え、下り線に向つた。

被告人は下り二番線上の右入換機関車の附近で、当時小牛田駅の組合活動の監視などのため仙台鉄道管理局から派遣されてきていた同局労働課員と顔を合せ、強硬に作業中止を主張したが、労働課員は、「早く列車を出せ」などと大声で連呼し、押問答した。

その時午前〇時五〇分頃、藤本助役が右機関車の機関士席のあたりに姿を現わしたが、被告人ば、同助役に促されて機関士と機関助士が乗車するのを認め、「危いからやめろ」と大声をあげ、小走りに同助役の後を追いかけ、「危いじやないか、何回いつてもわからないのか、こんなに暗くて仕事ができるのか」、などといつてその左腕を掴み、すぐ同助役にこれを振り払われるや、なおも「危いからやめろ」、などといいながらその後につき添い、同助役が右手でハンドレールを握つて機関車前頭のステツプに登ろうとしたところ更に、「危いからやめろといつたのにわからんのか」、などと怒号し、二段目のステツプにかけようとした同助役の左足首のあたりを掴んだ。しかし被告人のすぐ後に続いて走つてきた労働課員に肩のあたりを引張られたため、そのまま同助役の足を手放し、その直後同助役は機関車を進行させ、北部入換線上に引上げていつた。

というのであり、なお

被告人が藤本助役らに対し入換作業の中止を申入れ、更に同助役に対し前記の所為に出でたのは、暗夜停電下における入換作業の危険を感じ、これが危険防止のため、一時該作業の停止を求めるためであつたこと。

被告人が右藤本助役の腕並びに足首を掴んだ所為は、極めて短時間のいわば瞬間的なものであつたこと。

藤本助役は、被告人から、停電下の作業は危険であるから作業を中止するよう申入れられたのに対し、前記電話応答の後は、一顧だに払つた様子のみられないこと。

を認定している。

記録並びに当審における事実取調の結果を総合しても、以上の認定につき特に不当のかどは認められない。もつとも被告人は右の当時オルグ活動のため小牛田駅にきていたのであり、組合の遵法斗争強化の目的のあつたことは前記判示のとおりであるけれども、被告人の藤本助役に対する上記一連の所為が、特に遵法斗争の手段としてなされたものと認めることは困難である。

なお本件の如き専門的技術を要する入換作業の際、これが作業を停止すると否とは、直接の該作業員ないしその責任者に一応任さるべきで、第三者がみだりにこれに立入る事柄でないことは常識的であり、かつ記録並びに当審における事実取調の結果に徴すると、機関車入換作業は、従来小牛田駅などでは停電下でも停止したことはないというのであり、停電のため特に該作業を停止しなければならない程の危険は技術的には直ちに認め難いとしても、線路も殆んど見えない暗闇であることや、該作業の特質などからすると、停電下における該作業の危険のおそれは客観的にも一応認め得ない訳ではなく、一方被告人が前記判示のように、右作業を担当する現場職員から危険を訴えられたことを考えると、被告人自身右の危険を感じたことにも無理からぬものがあるといわなければならない。

以上を総合してみると、被告人が藤本助役に対し、前記のようにその腕、足首を掴むの所為に出でたのは、同助役が、危険であるから作業を中止するようにとの言辞に一切耳を傾けず、労働課員の「列車を出せ」との声に応ずるが如く、作業の危険を感じた者からすると、何等かの応答があつて然るべきものと考えられるのに、一言の応答もなく、強引と認められるような態度で機関車を誘導しようとしたため、態度を強めてこれを飜意させようとした行為であり、なお最初は藤本助役が手を振り払つたことにより、二度めは他から引張られ、いずれもすぐ簡単に手を離していることからして、右の腕、足首を掴んだ力の程度は決して強いものでなく、また前記のように瞬間的なものであつたことを考えに入れると、腕、足首を掴んだ所為も、いわば軽微なものといつて差支えないものと認められる。

以上のように、本件機関車の入換作業は、その危険のおそれが一応認められ、かつ被告人が、前判示の経緯でこれが危険を感じたことに無理からぬものがあると認められ、そして該作業の中止を申入れたにかかわらず、相手方は何等耳をかすことなく、強引と見られる態度で機関車誘導の行為に出ようとしたため、これが飜意を求むべく、同人の腕を掴んだが、その力も強くないため振り払われて直ちに離し、ついでその足首を掴んだが、他から引張られ、これまた右同様直ちに手を離した前記の具体的諸事情を考慮すると、本件被告人の、藤本助役の腕、足首を掴んだ所為は、未だ公務執行妨害罪にいわゆる暴行に該当する人に対する不法な攻撃の域に達しないものとみるのが相当である。被告人が右腕、足首を掴むにあたり、穏当を欠く言辞を発していることは前判示のとおりであるが、前記藤本助役の強引とも認め得られる態度を考慮すると、右言辞のあつたことを以て、特に右結論を動かす程のものとはなし得ない。なおまた被告人は小牛田駅に関し、法規上立入りの権限がなく、同駅の業務に口をさしはさむ権限のないことは、検察官所論のとおりとしても、記録上推知し得る、国鉄労組役員が、傘下職場に出入りして或場合には職場の意見を代弁することが事実上行なわれている状況からすれば、右所論の事実は、前記の結論を動かすものとなし得ない。

以上により、被告人の所為につき、正当行為として刑法三五条に該当し、実質的に違法性なしとして無罪を言い渡した原判決は、理由は異なるけれども結局において正当である。それ故論旨については特に判断を加える要がなく、本件控訴は理由なきに帰する。

よつて刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 細野幸雄 畠沢喜一 寺島常久)

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